コロナ騒ぎの中

統合失調症と戦っていた息子が逝った

ウィスキーの空き瓶と、ギターの上に

覆いかぶさるように、ひとりで死んでいた

変えたばかりの新品の弦は、1度も弾かれていなかった

いつの間にかお前を

いつの間にかお前を

俺はしっかりと追い詰めて居たんだろうな

壁に貼られたRock’n‘Rollの文字は

クエスチョンマークがついていた

どこに行きたかったんだ

何を捕まえたかったんだ

答えをずっと探してた

絶対出ない答えを探してた

Rock’n‘Rollを追いかけて

Rock’n‘Rollを追いかけて

遂に掴めなかったRock’n‘Roll⁉︎

Bio: 現在は東日本矯正医療センターで、手術麻酔と緩和ケアに従事しています。

ベッドに散らばった写真 

彼女と過ごした5年前の笑顔

片腕しか動かせないなかで

夜更けにアルバムを手繰り寄せ

ひっくり返した写真と時間

今話せないあなたは何を想うの

 

ラジカセから流れる讃美歌

パリの教会で過ごした思い出の歌

作り笑いもできないなかで

天気雨だった空から光降り注ぎ

ゆっくりした呼吸に変わる

今話せないあなた何を想うの

 

身寄りがいない小さな家

壁を自作するために集めたペットボトル

身体起こせないなかで

親の遺影傍に置き

ひっそりと仏壇へ向ける視線

今話せないあなた何を想うの

 

グアテマラではマリーゴールド

日本ではお線香

死者に手向ける贈り物

 

私はお別れのたびに勉強をする

悲しいたびに勉強をする

死者に手向ける贈り物

 

あなた方への祈りと思って

Bio: 2014年に山口大学医学部卒業後、福岡赤十字病院で初期研修修了、飯塚病院で後期研修修了。現在は飯塚病院 連携医療・緩和ケア科で医師として勤務。緩和ケアを行う中で、スピリチュアルケアについて更に学びたく、2019年に東北大学 臨床宗教学教養講座を修了。

わたしがここにいる

あなたの前にいる

あなたと共にいる

あなたの傍にいる

あなたを想っている

わたしはあなたを見

あなたはわたしを見る

あなたの中に奏でられている

音の流れに耳を傾け

そっと寄り添う

いつかあなたのかたちが

この目に見えなくなったとしても

あなたはここにいる

あなたを想っている

わたしがここにいる

Bio: 緩和医療専門医として緩和ケア病棟で13年間働いた後、現在は在宅医として訪問診療を始めて5年目。

深淵に横たわる 

わたしの手に   

柔らかな手が触れ

あなたの温もりが

私を引き上げてゆく

 

ベッドに横たわる

わたしの手は

温かな手に繋がれ

あなたの優しさが

私を包み込んでゆく

 

玉響のひとときは

今日を生きた証

 

ひとすじの涙を

ありがとうのことばとして

 

ほほえみを

穏やかないちにちとして

 

明日という日は

決して消えない

 

わたしの温もりが

あなたのなかで

明日も

ともに

生き続けているのだから

Bio: I’m Ikue Matsuo from Hiroshima, Japan. I was born in 1978. I knew enjoy writing poem when I had been in hospital in my childhood. I was a pediatrician for 17 years after graduation of Kochi Medical University. Now I am working at a Hospital in a small city around Seto iland sea. I am spending a time with elder people of the last stage.

そういえば

最期の数日は信頼していた部下にも会えて・・・

みんなと握手して、笑顔もこぼれたのよ

そういえば

痛み止めも工夫して貰えて楽になったのよね

 

さっきまで下を向いてぼそぼそと話していたのに

 

悪い事ばっかり考えて

自分を責めて責めて

写真の前で泣いてばっかり

 

そういえば

何か遠くを見るように心に浮かんだ風景を語りだす

愛する夫を亡くして3ヵ月

泣いてばかりのおばさんを心配した甥が連れてきたマギーズ東京

泣いてばかりの私を空から見たら

悲しむのはあの人

 

そういえば

その言葉を耳にして顔が上がっていく様子を目の当たりにして

じっくりと話を聞いた方も笑顔になれる

 

自分もときどき遠くを見ながら

そういえば  と

人生の中でのちょっとしたエピソードを

人に語ってみたくなる

 

そういえば

今日もその瞬間があることを期待して

人生の語りにひたすら耳を傾けよう

Bio: Masako has 47 years of experience in the field of nursing. She is a recipient of the Florence Ni9ghtingale Medal in 2019. She is the co-founder and the center head of Maggie’ s Tokyo, which opened in 2016, Maggie’s Tokyo is a member of International network of Maggie’s Cancer Caring Center of U.K, which provides psychosocial and practical support to those who are affected by cancer, including the bereaved.

まれ出で 生きとし生きて やがて発つ 現身と魂を 架けよ折り鶴

Bio: 1989年に医学部を卒業し医師になる。外科を専門にしながら緩和ケアや在宅医療に取り組み、この10年はフルタイムの緩和ケア医として働いている。

存在の意味は何ですか。

わたしの、あなたの。

誰かが答えを教えるくれますか。

存在は大切ですか。特別ですか。

 

人間の目的は何ですか。

毎日、何がしなきゃいけないんですか。

何ができるんですか。

私の趣味と興味は大事な物ですか。

 

人生は厳しい。

人生は大変。

人生は災が多い。

人生は短い。

 

仕事。。。仕事。。。仕事、

人々は仕事に集中しすぎです。

自分の仕事が好きなのですか。

仕事以上に重要なことはありませんか。

 

だから、音楽を聞いて、歌を歌って、

本を読んで、唄を書いて、

朝日を見て、夕日を見て、

やるべきことをやりなさい。

 

昨日のこと、一昨日のこと、

先週のこと、先月のこと、

去年のこと、十年前のこと、

最善を尽くしました。

 

明日も、あさっても、

来週も、 来月も、

来年も、十年後も、

一生懸命頑張ります。

 

「涙、溢れるな」歌が言いました、

けど、時々泣く必要があります。

いいえ、弱点ではありません。

これは人間であることを示しています。

 

人はいつか死ぬ。

いつになるか分かりません。

しかし、誰もが人生を持っています。

それは本当の良い物です。

 

だから、私達に命がある限り、

大切にしましょう。

与えられましたから、

それを捨てないで。

 

そして、死が来るとき、

感謝しています。

希望があるから。

それが神様だけです。

Bio: Jenny Vee Villaver is currently working as a pharmacist in a small company in Cebu, Philippines. She has quite a number of interests and is juggling her schedule to be able to spend time and do her hobbies equally. She loves music. She plays the violin on intermediate level, an amateur with the piano, listens to songs every single day. She also studies the Japanese language as much as she can. One of the things she longs to do the most is to write, to be able to speak to the readers and touch their hearts, especially those who are bearing great afflictions. She likes to read classic books like Frances Hodgson Burnett’s The Secret Garden, Harper Lee’s To Kill A Mockingbird, Fyodor Dostoevsky’s Crime and Punishment, and others. The only contemporary author she reads as of now is John Grisham.

この手紙、届きますか?

これまで私が出会ったみなさまに

あなたの人生の締めくくりに関わらせていただき

本当にありがとうございました

いま、どこで、なにをしていますか?

たまには、私のことも見守りにきてくれていますか?

命の終焉にあってもなお 自分らしくあろうとする姿

とても感銘を受けました

命の終焉にあってもなお 人を思いやる姿

とても素敵でした

命の終焉にあってもなお 家族のために生きる姿

かっこよかったです

命の終焉にあってもなお 生きようとする姿

自らの無力さを感じずにはいられませんでした

あなたの命の終焉で ご家族と一緒に泣きました

私のもてる精一杯の力で お見送りをさせていただきました

いろいろご注文はあったでしょうが

それは今度、お戻りになられたときに聞かせてください

この手紙 千羽鶴に乗せたら あなたの手元に届くでしょうか

Bio: 緩和ケア認定看護師。緩和ケアと向き合うことの醍醐味に気付いてから、ざまざまな場での看取りに携わってきた。いまもなお、たくさんの人を緩和ケアの力で癒すべく、日々の研鑽を積み重ねている。

この手でつかめなかった生命がある

この手をすり抜けていった生命がある

この手が離してしまった生命がある

 

そんな役立たずの手なのに

温かいねとほほ笑んでくれる人がいる

そんな情けない手なのに

ぎゅっと握り返してくれる人がいる

そんなどうしようもない手なのに

涙を流し感謝してくれる人がいる

 

ただ手と手が重なる

たったそれだけのことで

止まった時間が動きだすことがある

ただ手と手が触れ合う

たったそれだけのことで

生命の鼓動を呼び覚ますことがある

ただ手と手を握り合う

たったそれだけのことで

闇夜を白日に一変させることがある

 

だから今日も僕は誰かの手を握る

きっと明日も明後日もその次の日も

僕は誰かの手を握っている

祈りにも似たそんな恰好で

僕は手を握る

Bio: 現職―旭川医科大学病院緩和ケア診療部 医師。13年前に緩和ケア病棟で研修を行ったのち、現在はコンサルテーション型緩和ケアチーム、外来で診療を行っている。医師として以外に、絵本や、作詞、作詩なども手掛けている。

私が初めて「千羽鶴」を意識したのは、2002年イギリスのホスピスを訪ねたときだった。

 

アメリカのホスピスケア教育に関わる機関が催した2週間にわたるセミナーに参加したときに、そのホスピスを訪れ、出会った。そのセミナーは世界19か国から約50名のホスピスケアに関わる人たちが集まっていた。日本からの参加は私ひとりだった。

 

1967年に設立され、ケアの実践や普及、教育に至るまで世界中のホスピスケアをけん引してきたロンドンにあるそのホスピスの一室に掲げられたその千羽鶴は、カラフルでひときわ目立っていた。何年か前に日本から贈られたものだと聞いたが、その後、日本の学生たちが折り紙で折って、贈呈したものであることを知った。

 

その数年前に夫をがんで亡くした私は、自分自身が患者や家族の闘病記によって支えられたこと、また個人的なもの、主観的なもの、ゆえに社会的にはあまり役に立たないと、考えられていた数々の手記や語りが医療者と患者家族、さらには個人と社会を結ぶ重要な役割を果たすという視点から闘病記を社会学に捉え、比較研究などを行う研究者となった。

 

そして、よりよい医療を考えるうちに、ホスピス緩和ケアとの出会いがあり、日本のみならず海外にも関心をもつようになった。

 

ホスピスで出会った千羽鶴には、一つひとつの鶴に、それを折った人々の想いが込められているように感じた。「鶴」は、一朝一夕に仕上がるものではない。一つひとつの流れがあり、瞬間がある。

広島の「原爆の子の像」が象徴する世界平和への願い、

身近な人が、また自分自身が生命を脅かすような病気に罹患したときの治癒を祈願して、さらには、抱える全身的な痛みが少しでも和らぐことを祈って、

1つひとつのプロセスに、手を動かしながら思いをこめてその鶴は折られていく。

一人ひとりの力は小さいけれど、多くの力が結集すればそれは大きな力になるだろう。

そのように感じて、しばらく同行した仲間たちと離れて、私一人がその千羽鶴をじっと眺めていた。

 

その後これまでの20年間で、イギリスをはじめ、アメリカやアイルランド、ニュージーランド・・・と海外のホスピスを訪れる機会は何度もあった。ロンドンやウェールズでは小児ホスピスも訪れている。私はそのつど折り紙を持参した。

 

新型コロナウィルス拡大の影響で、大学でもっている授業はすべてが遠隔となり、学生たちに会えないつらい日が続いている。行動が制限され、閉鎖的になりがちな今日である。

 

ふと、「千羽鶴」と出会ったそのホスピスのホームページを開いてみた。

実は今年の3月にも教育プログラムに参加を予定し、訪問を予定しながら行けなかったのである。エデュケーションで、「千羽鶴の製作」が行われていた。

アートの専門家が無料で提供し、クリエィティヴ・ライティングなどとともにひとつのプログラムになっている。

 

配慮の行き届いた取り組みに「さすが」だと驚いたとともに、早速私もその動画の画面に従って、四角い紙を用意し、指示通りに鶴を折ってみた。

途中の説明のなかで折り鶴にはどのような思いが込められているのか、

千羽鶴の由来を紹介するときに、佐々木禎子ちゃんにも触れられていた。

彼女は、2歳の時に原爆の黒い雨を浴び、のちに白血病で12歳で亡くなった。

 

できあがった真っ白な折り鶴を眺めながら、コロナ禍の終息を祈りつつ、この先どうやって生きていこうかと心細い思いでいっぱいだった頃の自分を思い出しながら私はいまこの文章を書いている。

Bio: 石川県金沢市出身、日本女子大学大学院人間社会研究科博士課程単位取得満期退学、博士(学術)、専門は医療社会学、臨床社会学、日本女子大学研究員、日本女子大学、昭和薬科大学等兼任講師。闘病記、終末期医療、ホスピス緩和ケア、生と死、ライフストーリー研究など質的研究に関わる。